麻雀の歴史と広がり

一昔前には雀荘も多数あり、勉強をせずに入り浸るような自堕落大学生もいたようです。

今はわざわざ行かずとも4人メンバーを揃える必要も無く、ネットにて麻雀を楽しむ方もおり決して廃れてはいません。

そこに書かれている絵柄というか文字を見れば分かるように、中国由来のゲームです。

娯楽を求めて古来より紙を使った様々なカードゲームがあり、麻雀の元となるのはそのうちの一つ・マーチャオと呼ばれるものでした。

これに天九牌というゲームを組みあわせると共に象牙や牛骨を素材に使用するようになることで、今のものへと近づいていったのです。

現在の形の大元を考案したのは陳魚門で唐の時代に起源が有るという説もあり、どれが正解かは分かっていません。

すぐ近い国とは言え、中国から直接伝承されたわけではないようです。

まずは中国が鎖国状態を解消し始めた中で世界中の人々が訪れ、1919年に欧米向けに牌を輸出するようになったころ、1920年代に世界各地で爆発的な流行を見せるようになりました。

それを受けて日本でも多くの文化人やジャーナリストが記事に載せるようになり、人々が興味を持ったのです。

あの夏目漱石も、もう少し早く1909年にすでに宣伝してはいたのですが残念ながらこちらは直接的なきっかけとはなっていません。

やがて太平洋戦争により日中関係が悪化、敵国の遊戯とされ一気に衰退するのです。

今あるルールのほとんどは戦後に進駐軍の米兵によってもたらされたアメリカ式のルールでした。

このルールで広まり第二次ブームとなったのです。

一度は廃れてしまった麻雀文化、でもルールはアメリカ式になって違うとは言えまた日本中で広まっています。

それに実は知らないながらも無意識に使用している麻雀用語というのも多数あり、あと一つであがれるという時にビンゴで叫んだこともある「リーチ」だってそうです。

「テンパる」や「メンツ」もそうで、それぞれに「立直・聴牌る・面子」と漢字で書くことが出来ます。

英語と勘違いしていてカタカナで書くのが普通と思っていた方が多いことでしょう。

いまや日本の麻雀は女子のプロ雀士も次々に登場していますし本場中国以上の普及を見せているのです。

元祖である中国式は数多く和了ることこそを目的としギャンブル性が高い変わりにゲーム性はイマイチなので、出来る人が限られてくるのも問題なのかもしれません。

なんとか文化として残そうと危機感を抱いているようで、中国では世界無形文化遺産にしようかどうかといった議論も行われているようです。

ちなみに、なぜこの名前が付けられたかは今は孔雀の図柄のところを昔は雀だったから・牌をかき混ぜる音が雀の鳴き声に似ているからなど、様々な説がありますがこちらも詳しくは分かっていません。

歴史の始めが分からないほどに大昔から人々に愛されてきたこのゲーム、今後もどういった広がりをみせ第3次ブームはどういったきっかけから起こるかは分かっていません。